But not to me

世界の謎を解こうにも、答えを持っていたかもしれない人はすでに死んでいる/未亡人の一年/ジョン・アーヴィング

死別ブログ界隈のトラブルをずっとロムってた

この死別ブログ界隈(そもそも、そんな界隈があるのかは知らんけど)において、有名ブロガーさん同士がすったもんだしてるトラブルを、わたしはひたすら読んでいたんだけど、今はみなさん落ち着いてきたみたいで、まじでよかったな〜って思ってるよ。

ずーっと読んでるから、まるでリアリティ番組をみてるみたいな部分があって、要するに人の人生を消費してるわけだから、趣味が良いとは言えないんだけど、でも最近のすったもんだはすごく良い着地点をみつけたんじゃないかと思う。

今まで読んだ限りでトラブルホイホイなのは、「死別でいちばんつらいのは配偶者を亡くすこと。親子の死別や恋人友人の死別より圧倒的に悲しい。ソースはワイのぼろぼろ人生!」って余計なことをわざわざぶちあげちゃうやつで、でも、最近はさすがに学びや反省があったのか、そんな無神経のトップみたいなこと言う人がまったくいなくなってきてまじでよかったよね。

誰が悲しみの王者だろうと貴族だろうと、わたしはそのジャンルでは全力で平民でいたいので、別に構わないんだけど、配偶者を亡くすことこそ至高の悲しみと言われると、王族きどるのは勝手だけど、人の人生までなに勝手にジャッジしてくれちゃってんの?あなたは悲しみを相対的に語れるほど人の人生のサンプルを集めたの?って冷静になっちゃうよ。

わたしは夫を病気で亡くす9ヶ月前に、担当の美容師さんをスノーボードの事故で亡くしていて、2月だったんだけど、死ぬほど悲しかったし、夫が亡くなってもその悲しみが軽いものだとは思ってない。

恋人や友人ですらない彼の死が、本当にじわじわと悲しくていまでも泣くし、まじな話、思い出がある自分の髪がもったいなくて切れない。

ずーっと伸ばし続けて、今腰の位置だよ。

こないだ入院したとき仲良くなった看護師さんに「ラプンツェル意識してんの?いやいや貞子かな?!」っていじられるぐらいには、浮世離れしたロングヘア〜なんだよ。正直今どきクッソダサいんだよ。

でも、クドカンがよく脚本の中で主人公に「ダセーぐらいなんだよ!がまんしろよ!!」って言わせてるんだけど、ほんまそれだと思ってほしい。

自分の中で納得したら寄付とかするからさ。

とにかく、あの2016年、わたしの人生は死に彩られてしまっていて、2017年が終わろうとしている今もその余波の中で生きているよ。

長年にわたって担当してくれた美容師さんがケアしてくれていた髪の毛を、そう簡単には切れない。この悲しみを、誰にもジャッジされたくない。

わたしは夫を亡くしたけど、他のことも悲しいし、他の人が死んだことも悲しい。