But not to me

世界の謎を解こうにも、答えを持っていたかもしれない人はすでに死んでいる/未亡人の一年/ジョン・アーヴィング

日常でもインターネットでも、善人であるのは、本当に難しいと思う寡婦

今朝、給湯器が凍結してた。ずっと同じような賃貸物件に住んでいるけど、こんなの仙台ぶりだ。すぐ復旧したけど、水道とかシャワーだけじゃなく、食洗機とかウォッシュレットのありがたみがよくわかる。

 

東京電力も節電を呼びかけはじめた。

震災のときのようだ。

 

以前も少し書いたけれど、亡くなった夫は仙台市内で被災した。

 

すでに仕事の関係で関東に住んでいたけれど、前職の年度末の式典に、ゲストとして招待されていたのだ。

 

つまりわたしの亡くなった夫は、2011年の3月11日金曜日の朝に、東京駅から新幹線でわざわざ仙台に行った男なのである。

 

のちに夫はあの日のことを「俺、運が悪すぎて、ダイハードのブルース・ウィリスみたいだったよね!!あんな薄毛じゃないけど!!」と言っていた。

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周りに心配をかけないように震災後も夫は明るくしていたが、あの日、自分の命がからくも助かったことに意味を感じたようで、8月になると同僚と岩手県にボランティアをしに出かけた。今日は、そのとき夫からきいた話を書こうと思う。

 

でも、震災のことは、自分の中でボリュームが大きすぎて、まだうまく書ける気がしない。

 

「夫婦そろって福島県の出身で、大学や就職で仙台に長く住み、その後首都圏に居を移したタイミングで東日本大地震がきた」という設定だけで、編集者なら作品を作り出すことができる。

 

でも、わたしはニート寡婦のおそ松姉さんだ。だから断片的にしか書けないし、もうそれで良いと思う。

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夫は夏休みを利用して、青森出身の同僚と岩手県の某所で泥土のかきだしボランティアをした。その際に地元の方たちから「津波がきたときの人間の行動」についての話をいろいろと聞かされて、心を痛めていた。

 

特に彼が困惑していた津波被災者の経験談をこれから書くけれど、被災者以外に交通事故などで死別を経験してる人にはフラッシュバックが起こる可能性があるので、読まないでほしい。

 

 

 

津波がくるときいて、みんな車でできるだけ高さのある内陸に逃げようとした。

 

当然渋滞がおき、まったく前に進まない。

 

しびれを切らしたドライバーのうち何人かは車を歩道に乗りあげて逃げようとした。

 

その際に歩道を歩いて避難しようとしていた人たちが何人かはねられた。

 

それをただどうしようもなく、みんな車内から見ていた。

 

自分は、人を轢く可能性がある歩道に乗りあげてまで、逃げることはしなかった。

 

でも、事故を見ても車から降りなかった。事故の被害者を、見て見ぬ振りをしてしまった。

 

その後、結局は全員が津波に巻き込まれた。

 

あの場にいた多くの人間が、車から出られずに溺死した。

 

歩道で人を轢いた車も、おそらく逃げきれてはいないだろう。

 

助かった自分は、ただ運が良かっただけだ。

 

でもあの時、あの歩道で背後からはねられた人を介抱しなかった罪が、自分にはある。

 

死ぬまでその罪を背負って生きるのは、苦しい。

 

なぜ自分は生き残ったのか、考えない日は1日もない。

 

 

この話を聞いて返す言葉を失った夫も、今では死者の世界にいる。

 

人間の生き死には、自分では決められない。

 

自死であっても、自分で選び取ったとはけして言えない。同時に誰かのせいでもない。わたし個人の考えだけど、自死は、病死と同じ部分がとても大きいし、あまりにもデリケートな問題で、ここで言及したことで誰かを傷つけていたらごめんなさい。自死に関しては無知すぎて、自分の認識が正しいかどうかわからないです。しかも、この「傷つけていたらごめんなさい」って、今までわたしがさんざんディスってたクソリプの定番じゃんね…自死についてわかりもしないで軽く話してごめんね。

 

はっきり言えることは、どんな人間であろうと必ず死ぬということだけ。

そうだとしても、せめて善人として生きたいと思って苦しむのが人間なのかもしれない。

震災のような極限状態だけの話ではない。

日常でもインターネットでも、善人であるのは、本当に難しいと思う。