But not to me

世界の謎を解こうにも、答えを持っていたかもしれない人はすでに死んでいる/未亡人の一年/ジョン・アーヴィング

かなりひいてるけど冷笑する気にはなれない寡婦

最近スマホ版もリリースされて久しぶりに話題になっているどうぶつの森3DSを、急に思い立ってまたやっているんだけど、今夜は空一面にオーロラが出現して、とても美しかった。

 

亡くなった夫は、このゲームで釣りをするのが好きだった。

わたしもせっかくだからオーロラの明かりの下で夜釣りをしていたら、リュウグウノツカイチョウチンアンコウが釣れたので、かなりうれしかった。あらたに図鑑に登録されたので、これは夫も釣ったことないやつらしい。

生きていたら自慢できたのに!

同じ村には、夫に似てるゴリラが住んでいて、わたしはそのゴリラの家の周りに花をひたすら植えたり、やたら話しかけたりしている。

バカバカしいけど、夫がまだどうぶつの森の中では生きている気がする。

 

ちなみに、わたしのPokémon GOの相棒は、夫が病気発覚後に福島に帰省したときにつかまえてくれたドガースというアヘ顔のポケモンだ。

 

進化させるとさらに不細工なしゃくれ顔になってしまうので、ずっとそのままでいる。

 

別に強くも珍しくも可愛くもないポケモンだけど、わたしは気に入っている。

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こんなことしてるんだから、わたしもじゅうぶん病んでいるんだと思うけど、死別後にあきらかに精神のバランスを崩して、荒ぶるイキリオタクみたいになってしまっている人をインターネットでみかけると、正直、とても冷笑する気にはなれない。戦慄はするけども。

 

わたしには、夫以外にも依存先がもともとあったけど、それは普通ではなく、ものすごくラッキーなことだったんだなと感じている。

 

年齢的にも若いから、完全に絶望せずに済んでいる部分もある。

もちろん、若いからこその苦しみもあるんだけどね?!?!

でも、残りの人生のペース配分をするとき、その差はとてつもなくでかいんだろうなぁと思う。

 

死別者どうしがなんでわざわざ友情とか求めてるんだろう?って思うのは、自分が単純に人にめぐまれてただけで、かなり傲慢な考えだった。

 

孤独が過ぎたら、もちろんわたしだって新たな出会いに友情を期待しすぎて執着してズブズブだったと思う。怖いけど、わかりみもあって冷笑はできない。

 

「自立」とは、なんでも1人でできることではなくて、依存先を複数持つことだといわれるようになって久しい。確か震災後に主流になった考え方だと記憶してる。

世代が違うとむしろ「自立」の反対語が「依存」だろ?!って思いこんでそうだけど、そうじゃないんだよ。

概念も、時代とともに更新されていくものなので、これを機会に学んでほしい。

今のこだわりを捨てればちょっとは楽になるから。

https://www.tokyo-jinken.or.jp/publication/tj_56_interview.html

 

夫と死別した今、やっとリアルにその意味をかみしめている。

 

まあいくら若くても、人を憎んだり許せないままでいると、依存先なんて当然なくなっていくよな〜〜って思う。でも、やっぱり死別前より慎重に友達は選ぶべきだよ…すげーこわいよ…